自分の「感情」に素直になろう

今日は、自分の「感情」に素直になろう、というまた抽象的なお話です。

 

私たちは、普通に生活しているとどうしても思考中心の頭でっかちになりがちです。

で、それももちろん悪いことではありません。

むしろ、お仕事などたくさんの場面で、思考を使って処理しなければならないことは本当にたくさんありますよね。

 

ただですね、思考一辺倒になるのも、ちょっとバランスが悪いのよね、というお話なのです。

 

思考優位の生活では、感情は、子供っぽいとか面倒なものとされることも多いですよね。

そこで望ましいとされるのは、感情は抜きにして、やるべきこと、正しいことを、適切に着々とこなしている(ロボットみたいな)あり方。

それができることが、「大人」みたいな風潮もちょっとあるかと思います。

 

そこに、「私」がどうしたいか、どうしたくないか、それをしながら何を感じているか、今までに何を感じてきたか、という「感情」が入り込む余地はありません。

自分の好き嫌いなんかを気にし始めたら、やるべきことが終わらない、正しいことができなくなっちゃう、それは困る、そんな気持ちはないことにしておこう、

そんな風にして、自分の気持ちが遥か彼方に忘れ去られてしまうのですね。

 

でも。

人間は、所詮ロボットではありません。どうしても、感情はあるのです。ないことにはできません。

なので、ロボットのように感情を置き去りにし続けることは、とても分かりやすく心を蝕みます。

 

しかも、嬉しい気持ちだけはあることにして、ネガティブな気持ちだけないことにする、とかそんなこともできません。

どちらかを「ないこと」にすれば、もう一方もなんだかよく分からない状態になっていきます。

どちらも、どんな感情もちゃんとある、ちゃんと感じる、のが、一番自然な状態なんですよね。

 

で、もちろんこれは、「今度から思考を全部捨てて、感情のままに生きましょう☆」なんてことではありません。

もし今、ちょっと頭でっかちになってるかも、という気がしたら、感情の方にも目を向ける時間を増やしてみると良いかも♪というお話です。

そして、目指す「大人」な姿は、思考も感情もバランスよく信頼できている状態、かなと思います。←いやまた抽象的

 

そして、じゃ、どうやって?といういつもの話。

例えば、映画を観て泣いてみる、なんていうのはいろんな方がおすすめしていますね。

あと、心を揺さぶられるような美しいものに触れてみる、とか。絵とか音楽とか風景とか、いろいろありますね。

この辺りは、本当に厳しく感情を取り締まってきた方の場合、「どうして泣けるのか、何が美しいのか分からない」というところから始まることもあるかもしれません。

もちろん、それもOK!ですよ。

 

こういうポジティブな方は比較的とっつきやすいですが、もう一つ、私が頑張り屋さんの皆さんにおすすめしたいのは、「イヤ!」に気づく、ないことにしない、ということです。

みなさん、日々「いや、本当は嫌なんだけどさ…」という思いが一瞬よぎっても、すぐさまそれを闇に葬って、きちんきちんとやってあげる、なんてことはないでしょうか。

この、「本当は嫌なんだ」という思いを、闇に葬らずに、感じてみてほしいのです(感じるのが嫌だから封じ込めてきた、というのも理解していますが)。

で、そこでちゃぶ台をひっくり返す必要はありません。ただ自分の中に「本当は嫌」という思いがあることを「知る」だけでOKです。

 

この「本当は嫌」であることを「知り」、それが腑に落ちるようになると、とてもすっきりするはずです。

「そうだ、やっぱり私、これは嫌だったんだ!」と膝を叩いて笑いたくなる感じがするかもしれません。

そうやって、自分の感情に素直になる、その思いが自分の中にあることをそのまま「知る」ことができるようになっていくと、

自分と繋がっている感覚、自分を自分で理解している感覚が深まり、自分をどんどん信頼できる(自信が付く)ようになっていきます

 

だって、私たちはみんな、ロボットではなく、人間ですもの。

色んな感情があるもの、ですよね。

 

参考になればうれしいです。

閑話休題。

夕方の灯りが美しい~

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