
大好きな母ですが、
子供(自分)より恋愛を優先していたのでは、
自分は愛されていなかったのでは、との思いから、
実は母は毒親だったのか?と思ってしまいます。

自分迷子な大人女子さんに、「わたし」を生きる最高のよろこびを。
オランダ暮らしのカウンセラー、コバヤシアキコです。
オンラインカウンセリングサイト「ココロノマルシェ」に
寄せられたご相談にお返事します。
毒親の連鎖はなぜ起こるのか?をお話ししつつ、
連鎖を防ぐためにできることをご提案しました♡
(とーっても長文になりました汗)
◆ご相談:「母は毒親だったのか?と思ってしまう」
母は毒親だったのか?と思ってしまう
こんにちは。
私は、もうすぐ子供が生まれ母になるのですが、今回は自分の母についてずっと心に引っかかっていることを相談したいと思いました。今、私は35歳なのですが
5歳ぐらいのときに母が離婚して、そこからは別の人と結婚し、その人とも私が小学6年ぐらいのときに離婚しました。
実のお父さんも、次のお父さんも大好きでした。
離婚する前、幼かったので何ヶ月なのか何年なのか分かりませんが、
私と妹とおばあちゃんの3人で暮らしていた時期があり、あまり母と過ごした思い出がありません。(私が大人になった時に、その次のお父さんから聞いた話によると、その頃に母とその再婚の父が出会った時期だったらしいです)
でも実のお父さんとはその頃よく遊んでいて大好きだったのは覚えています。
そして、母とすごしたことをあまり覚えていなく、ある日の夜に母がおもちゃをくれたことを覚えていて、私はその時、母には私より大事なものがあって私は一番じゃないんだ、その罪滅ぼしでおもちゃで誤魔化そうとしてるんだと幼いながらに感じたことを未だに覚えています。
そしてその後、おばあちゃんから母と父が離婚することを聞かされ、本当に辛くて号泣したことを覚えています。
今思うと、普段いない上に、離婚の話すら自分でせずおばあちゃんからというところも、まったく…という気持ちです。
しばらくその父のことも忘れられなかったのですが、新しいお父さんにも割とすぐ懐くことができとても幸せに暮らしていました。
また、その頃もたしかに母からの愛情もたくさん感じていました。
その父とも離婚してまたとても辛い思いをしましたが、
私はずっと5歳頃の母と一緒にいられなかった時期のことが心に残っていて、私は本当に母に愛されていたのだろうかと疑いが晴れず、どこか母を信頼できないところがあります。出産を控えて、最近より考えるようになり、一緒に暮らしていた子供の頃は母が大好きでこの母でよかったと思っていましたが、
最近、もしかして母は毒親だったのか?と思ってしまい、私も当たり前にいつも傍にいて欲しかったし愛されたかったと思ってしまいます。
また、親からされたことは連鎖するというような話も聞いたことがあるので、自分も子供に同じ思いをさせてしまうのか?と思い怖いです。分かりづらい文章ですみません…。
母に対する大好きな気持ちと
その反面、結局は子供である私より大事なものや人があり、本当に愛されていたのか、毒親だったのではという疑いの気持ちをどう扱って折り合いをつけていったらいいのかわかりません。
ちなみに母は18歳で私を産み、若くて大変だったのもわかりますが、もっと安定した安心感のある親ならよかったと思ってしまうこともあります。
もう30年ほど前のことですがずっと心に残っていて、そろそろ折り合いをつけたいです。
何かアドバイスをいただけたら幸いです。(まるさん)
まるさん、こんにちは。
オランダ暮らしのカウンセラー、コバヤシアキコと申します。
まずはもうすぐご出産とのこと、おめでとうございます!
引き続き、お大事にお過ごしくださいね。
ご出産を控えた今、いろんなことを思い出し、悩んでいらっしゃるのが伝わってきます。
これから生まれてくるお子さんをたくさん愛してあげたい、愛情深いまるさんだからこそ、のお悩みかもしれません。
このタイミングだからこそ、すっきり折り合いをつけてご出産に臨みたいですね。
私のお返事はこちら↓です。お役に立てれば嬉しいです♡
◆ご自身の愛に意識が向いているからこそ、子供のころの記憶が思い出されているのかも。
まるさんは今、
ご出産を控えた時期だからこそ、「母親の愛」というものに強く意識が向いていらっしゃるのかもしれません。
それはもちろん、
お母さんとしてお子さんをたくさん愛してあげたい、という、
まるさんの豊かな母性や愛情深さの現れなのですが(素晴らしい才能ですね♡)、
同時に、まるさんがそれだけたくさんの愛を持っているからこそ、
「あれ?私はこんなにたくさん愛する準備万端なのに、そういえば私自身は、同じだけの愛をもらっていたんだっけ?」
みたいにして、ご自身の子供のころのいろんな記憶や感情が思い出されている、
というのが、まるさんの今の状態なのかな?と想像しました。
そうやっていろいろ思い出されている記憶の中でも、
5歳当時のこのエピソード↓は、まるさんにとって強いインパクトを持っていますね。
母には私より大事なものがあって私は一番じゃないんだ、その罪滅ぼしでおもちゃで誤魔化そうとしてるんだと幼いながらに感じたことを未だに覚えています。
これは、5歳の女の子には、それは寂しく悲しかっただろうと思うのですね。
そんな記憶があれば、まるさんが今こう感じる↓のも、ごく自然なことではないかとも思います。
もしかして母は毒親だったのか?
私は本当に母に愛されていたのだろうか
子供にとって、「私はお母さんに愛されていないのでは」という思いは、強い寂しさや怖れ、不安などに直結します。
今、まるさんは、これから生まれてくるお子さんへの、ご自身の中にある大きな愛に触れているからこそ、
こんなふうにして、ご自身が子供の頃の寂しさや不安も強く思い出されているのかもしれないな、
そしてそれが、
(親からされたことは連鎖するのだとすると、)自分も子供に同じ思いをさせてしまうのか?
という怖れにも繋がっているのかもしれないな、
と想像しました。
では、
まるさんがいろんな思いに折り合いをつけ、自信を持って幸せにお子さんをお迎えするには?
ということで、いくつかのポイントでさらに考えていきたいと思います。
◆まるさんのお母さんは、「毒親」なのか?
まず、そもそも「毒親かどうか?」というのは、心理学的・客観的な判断基準があるわけではなく、
自分が親に対してわだかまりがあったり、毒親だと感じれば、そんな要素があるのかもしれない、と見る感じです。
なので、まるさんが今もモヤモヤした思いをお母さんに感じるという意味では、
当時のお母さんには、まるさんにとっての「毒親」的要素もあったのかもしれません。
とはいえ、モヤモヤはあっても大好きなお母さんを「毒親」と呼んでしまうことには、
まるさんもちょっと忍びない思いもあるかと思います。
なので、まるさんのお母さんを「毒親」と決めつけるつもりは全然ないのですが、
「毒親の連鎖」という、一般的に使われる表現が便利で分かりやすいということもあり、
ここでは「毒親」という表現を使わせていただきますね。
◆毒親の連鎖はなぜ起こるのか?
まずは、
(親からされたことは連鎖するのだとすると、)自分も子供に同じ思いをさせてしまうのか?
という怖れを解決するために、毒親の連鎖はなぜ起こるのか?をお話ししていきましょう。
一つの見方として、
「毒親の連鎖」が起こるのは、自分が親からされたことについてのわだかまりが残っている時、親を許せていない時、
と見ることができます。
お母さんにわだかまりがあったり、許せていない時って、
「私は、お母さんみたいなことはしない。自分の子にはあんな気持ちを味わわせない!」みたいに、
お母さんを反面教師にする思いが強くなりますよね。
ところが、反面教師にしている時って、自分の目線はまさにそのお母さんにばっちり注がれてしまうのは、分かるでしょうか?
すると、「こうならないため」に、お母さんを常に見続けることで、
結果として、知らないうちにお母さんのあり方に自ら寄って行ってしまったりするのです。
でも、自分では、お母さんとは違う母親であろうと必死で努力していますから、
まさか自分が、結果としてお母さんと似たことをしているとはなかなか気づきません。
そして、何かのきっかけでそれに気づいたときに、愕然としてしまったりするんですね。
と、いうことは。
まるさんが、お子さんに対しての毒親になることを防ぎ、毒親の連鎖を起こさないためには、
まるさんが、ご自身の中にあるお母さんへのモヤモヤ・わだかまりを解消し、お母さんを許すこと、
そうやって、反面教師としてのお母さん像を手放すこと、
が、とても大切になります。
では、それにはどうすれば?をさらに考えます。
◆わだかまりを解消するために、当時の自分の寂しさを受け止める。
ご自身の中にあるお母さんへのわだかまりを解消するために、
まず一つ目としてとても大切なのは、
5歳当時のまるちゃんの、たくさんの寂しかった想いを、今の大人のまるさんが理解し、受け止めてあげる、
ということです。
今のまるさんの中にあるモヤモヤやわだかまり=自分の子には味わわせたくない気持ちは、
もとはと言えば、5歳のころのまるちゃんが感じていた気持ち、ですよね。
なので、これらの当時のまるちゃんの気持ちを、今の大人のまるさんが分かってあげて、受け止めてあげます。
すると、お子さんに感じさせたくない「こんな気持ち」が解消されていきます。
すると、結果として、「こんな気持ちを私に味わわせたお母さん」を反面教師にする必要も、減っていきます。
そうすれば、連鎖を起こさずに済みますよね。
で、
当時のまるちゃんの気持ちを分かってあげたり、受け止めてあげるやり方もまたいろいろあるのですが、
①自分でやる場合と、②セッションでお手伝いできること
を、いくつかお話してみますね。
①自分で:紙に書き出す。
自分で取り組む場合、
今、まるさんの中にあるモヤモヤやわだかまり=自分の子には味わわせたくない気持ち、を、紙に書き出す、出し尽くす、
という方法で、自分でもある程度進めることができます(向き不向きはありますけれども)。
これは、気が済むまで、何回でも、何十枚でも、書いては捨て、書きなぐっては破って捨てる、のがおすすめです。
この、「気が済む」というのが、お子さんに感じさせたくない「こんな気持ち」が解消され、手放せた状態ですね。
なので、気が済むまで、というのがとても大事です。
②セッションで:当時のまるちゃんを理解し、受け止める。
また、典型的にはセッションで、イメージワークなども使いながらお手伝いさせていただくことが多いのが、
大人のまるさんが、5歳のまるちゃんに寄り添ってあげる
という作業です。
「愛されていなかったのでは、と疑う隙がないくらい、ただシンプルに愛されていると感じたかった」
「おもちゃなんか欲しくなかった、いつもただ傍にいてほしかった」
「おばあちゃんじゃなくて、お母さんと一緒にいたかった」
などなど、当時のまるちゃんは、いろんな思いを抱えていたのではないかと思うんですね。
そこに、今の大人のまるさんが寄り添ってあげるのです。
「そうだよね、お母さんにただ愛される安心感が欲しかったんだよね」
「そうだよね、おもちゃをもらうより、お母さんが近くにいてくれたらすごく嬉しかったよね」
「だいじょうぶ、おねえちゃんは、まるちゃんの気持ちが良く分かるよ、まるちゃんは一人じゃないよ」
みたいに、イメージの中で、当時のまるちゃんに伝えてあげます。
また、そうやって寄り添ってあげる中では、
当時のまるちゃんが、当時のお母さんに本当は言いたかった言葉を言わせてあげる、
というのもとても有効です。
「お母さん、お出かけしないで。私たちと一緒に遊んで」
「お母さん、私をもっと見て」
みたいな言葉を、当時のまるちゃんは我慢したりしていたでしょうか。
そうしたら、やはりイメージの中で、
これらの言葉を、当時のまるちゃんから当時のお母さんに、言わせてあげるんですね。
そうやって、
当時のまるちゃんが感じていたこと、求めていたこと、などを、まるちゃんの気が済むまで、
大人のまるさんが理解してあげる、大人のまるさんから与えてあげる、寄り添ってあげる、
のです。
するとやはり、
お子さんに感じさせたくない「こんな気持ち」が解消され、手放せていきますので、
毒親の連鎖を起こすこともなくなります。
これは、文字で説明されても分かったような分からないような…という感じかもしれないのですが、
こういうお手伝いも私は得意ですので、よかったらセッションで、じっくり取り組んでまいりましょう。
そして、
こんなふうにして、当時のまるちゃんの気が済んでくると、
次にお話しする「お母さんを許す、理解する」というのもぐっとやりやすくなります。
◆お母さんを許すために、お母さんを理解する。
上でお話しした、お母さんへのわだかまりを手放すという作業に続いて、または同時並行でやっていきたいのが、
お母さんを許す
という作業です。
まるさんの思いは、「許せない!」というほどには強くないかもしれませんが、
心にわだかまりが残っているときは、やはり「許す」こともとても大切です。
許すことは、わだかまりを手放すことにもなりますのでね。
そして、「許す」ために大切になるのが、「理解」すること。
そんなわけで、お母さんを理解することにチャレンジしたいのですが、
それは、まるさんが書いてくださったいくつかの「気持ち」に絡めて考えたいと思います。
◇「私は一番じゃない」と感じた時の、お母さんを理解する。
まず一つ目は、再度の引用となるこちら↓。
ある日の夜に母がおもちゃをくれたことを覚えていて、私はその時、母には私より大事なものがあって私は一番じゃないんだ、その罪滅ぼしでおもちゃで誤魔化そうとしてるんだ
「私は一番じゃない」「ごまかそうとしてる」と思った時の、まるさんのショックや悲しさは、やはりとても大きかったと思います。
なのでこれは、上で書いたように、そのまま大切に理解し、受け止めてあげつつ、(何はさておきそれが一番大事です)、
その上で、この時のお母さんの「気持ち」にもちょっとだけ思いを馳せてみます。
私がなんとなく想像するのは、もしかするとお母さんも、自分自身を、
「おもちゃでごまかそうとしているなんて、私ってやっぱりダメな母親だな」
「自分の恋愛にかまけて娘たちを母(おばあちゃん)に任せっきりなんて、私はなんてひどい母親だろう」
「子供とはいえ、私のふがいなさは、娘たちにもお見通しかもしれないな」
みたいに強く責めて、まるさんたちにたくさんの罪悪感を抱えていらっしゃったかもしれないな、
ということです。
まるさんが5歳のころは、お母さんは23歳だったでしょうか。
自分の中で、母親として娘たちにたくさん愛情を注ぎたいという願いと、良い恋愛を楽しみたいという願い、
それからもしかすると、良い妻でありたかったという願いに上手に折り合いをつけられず、
娘たちや自分の母親や(元)夫にひどく迷惑をかけている、未熟な自分への後ろめたさもたくさんあったかもしれません。
その意味では、お母さんがまるさんにくれたおもちゃは、
「これで悪い母親としての罪が償えて、堂々と恋愛が楽しめる!」というよりは、
「こんなひどい母親でごめんね」という、お母さんの罪悪感の象徴でもあったのかも?
なんて想像したりもします。
もしかすると、その罪悪感も、痛すぎて正面から感じることもできず、見ないようにしていたかもしれませんけれどね。
そうすると、はた目にはあまり罪悪感を持っているようにも見えなかったりもします。
もちろん、私の想像が正しい!なんてことを言うつもりはないのですが、
そう言われると、どんな気分になるでしょう?
もし、「あぁ、そんな面もあったのかもしれないな」みたいにして、
お母さんへの「理解」の幅がちょっと広がって、まるさんの気持ちがちょっと「緩む」感覚がありそうなら、
もしかすると、意外とこの路線もあり得るのかもしれません。
そして、その「緩む」感覚が、わだかまりを握りしめた手が緩んで手放しが進んだ感覚でもあり、
反面教師としてのお母さん像の手放しが進んだ感覚でもあり、
実は、お母さんを「許す」ことに近づいた証拠でもあります。
(「許す」の語源は「緩む」なんだそうです。)
◇離婚の話すらおばあちゃんから。その時のお母さんを理解する。
それからもう一つ、こちら↓。
普段いない上に、離婚の話すら自分でせずおばあちゃんからというところも、まったく…という気持ち
これも本当に、「まったく…」というまるさんの気持ち、よく理解できますし、
その気持ちを、何より大切にしてあげたいです。
そしてその上で、ここでもお母さんの「気持ち」にまたちょっとだけ、思いを馳せてみます。
ここで私が想像していたのは、
もしお母さんが、やはり「悪い母親」としての罪悪感をたくさん持っていたのだとすると、
まるさんたちお嬢さんたちにも、自ら話す勇気はなかなか出なかったかもしれないなぁ、
ということです。
自分がこんな悪い母親で悪い妻だからこそ、離婚という結果となり、娘たちから大切な父親を引き離し、悲しい思いをさせてしまう。
自分の行いで娘を不幸にするような、最低な母親である自分を、娘たちは許してくれるわけがない。
もし、お母さんの中にそんな恐怖があったとしたら、
許さるわけのない話をするために娘たちに向き合うのは、自ら重い有罪判決を受けに行くように感じたかもしれません。
もちろん、だからと言って、
お母さんの行動が正当化されるべき!とか、だからまるさんも納得すべき!というお話しでは全然ないのですが、
もし、「あぁ、それなら、仕方ない部分も実際あったのかな」みたいにして、
お母さんへの「理解」の幅がちょっと広がって、まるさんの気持ちがちょっと「緩む」感覚がありそうなら、
やはり、意外とこの路線もあり得るのかもしれません。
そしてやはり、この「緩む」感覚が、わだかまりを握りしめた手が緩んで手放しが進んだ感覚でもあり、
反面教師としてのお母さん像の手放しが進んだ感覚でもあり、
お母さんを「許す」ことに近づいた証拠、なんですよね。
◇でも、無理やり理解しようとする必要は、ありません。
ただ、
ここで、無理やり「理解しなくちゃ!」「納得できなくちゃ!」「許さなくちゃ!」とやるのは、返って逆効果なのでおすすめしません。
理解したくても、許したくても、いろんな思いがうずくときは、まずは上でお話ししたような方法で、ご自身のいろんな気持ちを受け止めていきましょう。
「理解」や「許し」というのは、そうやって整えた心の土台があった方が、ずっとやりやすいです。
また、もしかするとここは、
まるさんがいよいよお母さんになったら、案外するりと「理解」できてしまう部分もあるかもしれません。
ご自身も「母親」になったとき、今は思いつかないような、当時のお母さんの葛藤に思いが及ぶ、理解が進む、
ということもよくあります。
なのでやはり、無理やり理解しようと「良い子」になる必要はなく、
一つずつ心を整えながら、結果として理解や許しに近づくことを目指していけたら良いのでは、と思います。
(ただし、
母親になったからこそ、「母親だったらこれくらいしたはずでしょ?!」みたいに、
ますます当時のお母さんへのわだかまりが大きくなることもあり得ます。
その時はやはり、まずはご自身のその気持ちを受け止めてあげたいです。)
◆自分の愛の大きさを自信にする。
そして最後に、もしかしたらここまでで一番大切じゃないかしら、と思うお話を。
それは、
ご自身のお子さんへの愛を自信にする
ということです。
そもそも、今回のご相談をくださったのは、
お子さんに寂しい思いや悲しい思いをさせたくないから、
ですよね。
つまり、
まるさんはそれくらい、お子さんをたくさん愛して、幸せにしてあげたいお母さん、なのです。
それくらいまるさんは、たくさんの愛を持っていて、愛することができるお母さん、なのです。
しかも、
そのためにはどうすれば?と、こうしてココロノマルシェにご質問を投稿するなど、行動も起こせるお母さん、でもあります。
まるさんのお母さんには、当時、こうして外部に助けを求めるような選択肢や発想は、なかったかもしれません。
カウンセリングやオンライン相談みたいなのも、あまりメジャーではなかったですしね。
でも、まるさんは、
その選択肢も見つけて、これからお子さんをたくさん愛するために活用することもできるお母さん、なのです。
それを自信にしましょう。
そして、できることに一つずつ、取り組んでいきましょう。
それが、悲しい連鎖を防ぎ、まるさんとお子さんを、幸せに愛で繋いでくれると、私は思います♡
◆とっても応援しています♡
というわけで、とーっても長くなりましたが!
ご参考になる部分はあったでしょうか?
まるさんが、ご自身の愛に自信を持って、ハッピーにお子さんを愛せますように、
これからお子さんと一緒に、たくさんの愛にあふれる思い出を作っていけますように、
私もたくさん応援しておりますね!
そして、
私自身も、マイルドな毒母育ちとしていろいろ取り組んできまして、お手伝いできることもたくさんありますので、
良かったらお話聞かせてください。
ではでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました♡
コバヤシアキコ
(私のセッション情報は、こちらでご確認いただけます。)
◆今日の一枚。

夕暮れはいつでも良き。

