
あんなひどいことを私に言った、私にした、あの人が許せない。
でも、いつまでも怒り続けるのも、本当はしんどい。
そんな「あの人への怒り」を、そろそろ手放したいあなたへ。

自分迷子な大人女子さんに、「わたし」を生きる最高のよろこびを。
オランダ暮らしのカウンセラー、コバヤシアキコです。
無理やり「許そう、忘れよう」としても、残念ながらあまりうまくいきません。
順番に、一つずつ、あなたの心を解放してあげましょう。
◆あなたが「許せない」のは、誰ですか?
あなたが今、この記事を読んでくださっているということは、
あなたの心の中に、今も許せない誰かがどんと居座っているのだろうと思います。
それは、誰でしょう?
お母さん?お父さん?きょうだい?
元夫?元彼?
同僚?かつてのクラスメート?
私のお話をちょっとさせていただくと、私は母をそれは長いこと許せずにいました。
もう、私の心の中は、意識的にも無意識的にも、母への怒りで塗り固められ、生霊を飛ばし続けるくらいの勢いだったのですが(怖い笑)、
そこから、心理学を学び、カウンセリングを受け、一つずつ、母への怒りの正体を理解し、手放していきました。
この記事では、そんな私自身の体験も踏まえつつ、
今も誰かが許せなくて苦しいあなたの、心と日常を救うための視点をお話していこうと思います。
◆無理やり「許そう!」としなくていい。
まず、最初の大前提です。
もういい加減、相手を許せるようになりたい、と思った時に一番大切なことは、
最初から一気に全部許そうとしない、ということです。
無理やり「許そう!」とがんばらなくて良いのです。
「許し」って、相手や過去のできごとに対するわだかまりが解けて、「もう、いいや」と思えるくらい、心が緩んだ状態、と言えます。
心の状態って、一つずつ順番に整えていって、最終的にそうなっていくもの、なんですね。
無理やりがんばるもの、では、ないのです。
(余談ですが、「緩む」と「許す」は語源が同じなんだそうです。)
多くの方が、ここで、
「許せるようにならなくちゃ!」と、無理して自分の気持ちや記憶を振り切ろうと頑張って、
でもやっぱり気が済まないし許せない自分を、「ダメだな私って・・・」と自己嫌悪したり、
「もう、いいの、過去のことだから」と、無理やり「許せた風」にして、
でもやっぱり自分の中でくすぶり続ける思いに、見て見ぬふりをし続けたり、(そしてそんな自分を、「なんて子供なんだろ・・・」と自己嫌悪したり、)
なんてことをやったりします。
が、それは、やらなくていいのです。
順番に整えて緩めていけば、心は自然と許せる状態に近づいていくものです。
それを、目指していきましょう。
◆今も傷ついている自分を許す。
では、何から整えていけば?ということで、
そもそも、「許せない」って、どんな心の状態なのか?から考えてみます。
それは、その相手に、今も怒っている、ということですね。
では、なぜ、今も怒っている、のでしょう?
それは、その時の相手の言動に、今も傷ついているから、です。
それが何年も前のできごとだったとしても、
あなたの心は今も傷ついたままで、その傷口は今も生々しく開いたままで、今も痛みを作り続けている、ということなのです。
それで、その傷(今も続く痛み)のきっかけになった相手に対して、今も「許せない」と感じる、のですね。
と、いうことは。
相手を許せるところまで心を整えていくときに、一番最初の大切なことは、
「相手」うんぬんの前に、「自分」が今も傷ついていることを認める(傷ついている自分をまずは許す)
ということです。
上でもちょっと触れましたが、
無理やり相手を許そう、その怒り(傷の痛み)を忘れよう、ないことにしよう、とやっても、
とってもしんどいし結局うまくいかないのは、今そうやって苦しんでいるあなたなら、良く分かるのではないでしょうか。
それは、自分の傷口が今も生々しく開いて、痛みを作り続けている状態だから、なんですね。
さらには、そんなふうにして結局うまくいかないことを、
「こんなにいつまでもうじうじと許せない私は、なんて器が小さいんだろう」みたいにして、
自分で自分を攻撃し、今も生々しい傷を自らさらに悪化させてしまったり、ということも、
あなたはきっと、今もやっているのではないかと思います。
なので、相手を許し、自分を怒りから解放してあげるためには、
まずは、傷ついている自分を許すことから。
「あぁ、私はあの時そこそこちゃんと傷ついたし、今もその傷がうずいて痛みを感じているんだな、
そしたら、今も許すことがなかなかできないのも、自然なことなのかもしれないな。」
みたいにして、ご自身の今の心の状態を、そのまま理解し、受け入れてあげましょう。
それが、自分が今も傷ついていることを認める(傷ついている自分をまずは許す)、ということになります。
◆自分は何に傷ついたのか(何に怒っているのか)理解する。
そうしたら、
次は、自分が、実際何に傷ついたのか(何に怒っているのか)を理解します。
自分が、相手の言動やそのできごとの何を「許せない」と感じて、何に怒りを感じているのか、を理解するんですね。
実は、自分でこれが理解できてしまうと、怒りも手放せてしまうこともあるくらいで、とても大切なステップです。
とはいえ、これはもう、人によって経験の内容は本当にさまざまなので、ここではいくつか代表的かなと思うことをあげてみますね。
①心無いことを言われた。
自分なりに頑張ったことを「全然足りない」と言われたとか、自分が大切にしている価値観を「そんなのくだらない」と言われたとか、
もっと強烈なところでは、例えば親に「あんたなんか生まなければよかった」と言われたとか、そんな体験をした方もいらっしゃるかと思います。
自分の頑張りとか大切にしているものを否定されたり、あるいはまさに自分の存在自体を否定される体験は、
やはり深く傷つき、強い悲しさや怒りを感じるものです。
②ぞんざいに扱われた、バカにされた、軽く扱われた。
これは、親やきょうだいの他、パートナーシップ(結婚・恋愛)でも学校生活でも職場でも趣味の場でも、いろんな場で経験することかもしれません。
自分よりきょうだいが可愛がられていた、クラスメートからいじめられた、元彼に容姿をバカにされた、などなど、いろんな体験談があるかと思います。
これもやはり、自分という存在が軽く扱われること、価値あるものとして扱われないことに傷つき、悲しさとか怒りを感じている状態と言えます。
③自分の思いを分かってもらえなかった。
これは親に対して持つことの多い「怒り」であり、「傷つき」かなと思います。
「分かってもらう」ことができると、自分に味方がいるようにも感じられるし、自分の思いだけでなく、自分自身が肯定されたようにも感じますね。
逆に、それが得られないと、味方がいない孤独とか、自分自身が肯定されなかったような悲しさを感じたりもします。
そこに傷ついているんですね。
④自分の気持ちを尊重してもらえなかった。
これもやはり、親に対して感じることの多い「怒り」であり「傷つき」かもしれません。
欲しいおもちゃが買ってもらえなかったとか、食べ物の好き嫌いが許されなかった、みたいな、大人になって考えれば「些細」に感じることもあるだろうし、
進路とか就職のような人生のとても大切なテーマで干渉され、尊重されなかった、という経験を持つ方もいらっしゃるでしょう。
どんな気持ちであれ、「尊重されない」と感じることは、自分の思いや自分自身が、尊重する価値のないものとして扱われたような、悲しい気持ちにもなるというものです。
やはり、そこに傷つきがあるんですね。
⑤自分の気持ちを無下にされた。
自分なりに相手のことを考えて良かれと思ってやったことを、「こんなのいらない」「余計なことしないで」みたいに拒絶された、なんていう経験から、
その相手を許せなくなってしまった方もいらっしゃるかもしれません。
相手への、自分の気遣いとか愛を拒絶されることは、やはり自分自身が「価値のないもの」として扱われたようにも感じ、強い悲しさや怒りにもなるというものです。
⑥信頼していた人に裏切られた。
例えば、仲良しのお友達が離れてしまったとか、信頼していたお仕事仲間に取引先を持っていかれた、なんていう経験は、分かりやすく「裏切られた」感覚になりますね。
また、親の離婚で親から離れなければならなかった時に、子供心にはそれを「親から見捨てられた」「親に裏切られた」ように感じることもあります。
それから、元彼・元夫に浮気された体験を「裏切り」として感じる方もいらっしゃるでしょう。
そんなふうに、自分が信頼や愛を感じていた相手が、自分のその気持ちを踏みにじった(大切にしてくれなかった)ように感じれば、やはり心は深く傷つき、強い悲しさや怒りを感じるものです。
「傷つき」は、「自分」が大切にされなかったことへの悲しさ。
・・・と、いろいろ書いてみましたが、あなたに当てはまるものはあったでしょうか?
ここでは6つの例をお話しましたが、実はこれらには共通する点があります。
それは、「自分」が大切にされなかったことへの悲しさ、です。
自分自身、自分の存在、自分の思い・気持ち、自分の尊厳、自分の信頼・愛などなどが、
価値あるものとして大切に扱ってもらえなかったことを、悲しく感じ、傷つくんですね。
いつまでも「許せない」と感じるほどひどく傷つき、怒りを感じるのは、
こんなふうに、自分の存在価値のような、自分自身の根源に関わる部分が、ないがしろにされたように感じたから、
なのです。
(とはいえ、それぞれの方の体験というのは千差万別ですので、
もし、「私のこの場合は?」というのがあれば、お問い合わせフォームからぜひお便りください!
それもこの記事に追加して解説させていただきます♡)
◆許せない相手・怒りを手放す6つの視点。
では、
こんなふうに、いろんな体験によって作られ、今もうずいている傷を癒し、怒りを手放し、許せない相手を許せる状態になるには、
次はどんなことに目を向けていくと良いでしょう?
ここでは、6つの視点をお話してみます。
①相手に大切にされなくても、私にはちゃんと、価値がある。
上で、
いつまでも「許せない」と感じるほどひどく傷つき、怒りを感じるのは、
こんなふうに、自分の存在価値のような、自分自身の根源に関わる部分が、ないがしろにされたように感じたから、
と書きました。
ないがしろにされたことで、自分の価値が傷ついたような、自分の価値がないものとして扱われたような、
そんな気分になったことに傷つくんですよね。
が、実はここにはもう一つ、気づきたいことがあります。
それは、
相手にないがしろにされたとしても、自分には、普通に、ちゃんと、価値がある、ということです。
相手にないがしろにされても、自分の価値が下がったり、なくなったりすることはない、ということでもあります。
相手の自分への扱いや言動は、自分の価値とは無関係、ということでもあります。
つまり、
ないがしろにされても、自分の価値が変わることはないので、実はそもそも傷つく必要もない、
ということなのです。
もう少し詳しくお話していきますね。
私たちは、
「相手にないがしろにされたということは、私には価値がないんだ、だから私はないがしろにされたんだ」みたいにして、
相手の自分への言動や扱いを、自分の価値を測るバロメーターにする、ということを良くやります。
- お母さんが分かろうとしてくれなかった私の気持ちは、聞く価値もないんだ。
- お父さんに進路や就職先を決められた私の人生は、適当なお人形さん程度の価値なんだ。
- お母さんが「あんたは可愛くない」と言ったんだから、私は可愛くないんだ。
- お母さんが「あんたなんか生まなければよかった」と言ったんだから、私はそもそも生まれてくる価値がなかったんだ。
- 元彼が浮気したんだから、私には女性としての価値はないんだ。
・・・みたいに、
相手の言動こそが真実で、相手の言動こそが自分の価値を教えてくれる、くらいの勢いで、正面から全部受け取ってしまうんですね。
でも、全然信じられないかもしれませんが、それは、間違い、なのです。
お母さんが何を言っても、クラスメートにいじめられても、元彼が浮気をしても、
それであなたの価値が変わることは、ないのです。
なぜなら、誰が何を言っても、あなたには、そもそも、普通に、ちゃんと、価値があるから、なのです。
つまり、上でも書いた通り、
相手の言動や自分への扱いがどんなものでも、自分の価値が変わることはないので、
実はそもそも傷つく必要もない、
ということなのですね。
これはもしかすると、全然信じられないかもしれないし、とっても腑に落ちにくいかもしれないのですが、
腑に落ちてしまうと(相手の自分への扱いや言動は、自分の価値とは無関係で、そもそも傷つく必要もないことが分かると)、
「そっかー!なーんだ、じゃぁもういいや!」と心が緩んで、「許せる」状態がぐっと近づきます。
なので、
ぜひここは、「へぇぇ、そそそ、そうなの?ふーん、そう、なの?」みたいな半信半疑な感じで良いので、
この説(感覚)を心の片隅にそっと置いておいてほしいんですね。
「え、そんなの私には絶対に当てはまらない」みたいな拒絶はせずに、
半信半疑でも心の片隅に置いておくだけでも、この感覚が心に少しずつ浸透して、腑に落ちやすくなりますので。
とはいえ、そうすると、
「じゃ、価値ある存在のはずなのに、なんで私はあんな扱いをされた(あんなことを言われた)のよ?!」
という思いも出てくるかと思います。
次以降でそれを考えてみましょう。
②相手からの言葉や扱いは、「自分」とは無関係。
上で、相手からの自分への扱いや言動は、自分の価値とは無関係、と書きましたが、これをまた別の角度から腑に落とすために、
「投影の法則」をご紹介します。
投影の法則とは、自分の心の中にあるものを、相手や周りに映し出して見る、心の動きです。
例えば、
幸せな気持ちでいる時に、路上で子供のいたずらを見たら、「可愛いなぁ」と思えたりしますが、
イライラしている時は、「親は何やってるんだ!」なんてイライラしたりしないでしょうか。
こんなふうに、私たちの目に見える世界は、すべて、自分の心の中にあるものを「投影」しています。
これを、相手からの自分への言葉や扱いにいろいろ当てはめてみましょう。
・相手の言葉は、相手の自己紹介。
例えば、お母さんがあなたに言った「あんたは可愛くない」という言葉は、「投影の法則」を使うと、どう理解できるでしょう?
実は、「可愛くない」は、お母さんが自分自身に対して思っていること、なんですね。
そんな、「可愛くない自分」をあなたに見て(「投影」して)、「あんたは可愛くない」と言ったのです。
つまり、相手があなたに言ってきた「あなたは〇〇だ」は、
もれなく、この相手が自分自身に対して思っていることの「投影」であり、自己紹介みたいなものなのです。
「あなた」と、相手が言った「〇〇」は、実は、全然関係ない、のです。
なのでやっぱり、相手があなたに何を言ったのだとしても、あなたの価値には何の変化もないし、
傷つく必要も、やっぱりないのです。
・・・やっぱり全然信じられないと思うのですが(涙)、もう少しお話しますね。
例えば私の母は、私が小学生の頃、
- 「あんたは気が小さい」
- 「あんたは単純だ」
- 「あんたは世間知らずだ」
- 「あんたはおかしな顔してる」
などなど私に言ったものでして、
私は、
「お母さんがそう言うんだから、私は気が小さいし、単純だし、世間知らずだし、変な顔をしているのだろう
(そんな、小心者でバカで何もできなくて見た目も残念な、何の希望も価値もないがっかりな存在なのだろう)」
と本当に100%信じていたのですが、
やはりこれも全部、母が自分について思っていたこと、なのです。それを私に「投影」したんですね。
(余談ですが、ということはつまり、母も相当自己肯定感が低い、ということなのです。)
特に母親に言われたことというのは、「絶対に間違いのない真実」くらいの勢いで私たちは信じるもので、
しかも、自分でもそんなに強く信じていることにさえ、気づいていないことがほとんどです。
なので、ここで、
「お母さんのその言葉は、お母さんの『投影』ですよ!お母さんが自分についてそう思ってる、ということの、自己開示ですよ!あなた自身とは関係ないですよ!」
と言われても、
「え?うちの母の言葉は『投影』とか関係ありませんけど?母がそう言ったんだから、私はそういう人なんですけど?」
みたいに思ったりするのですが(私が全力でそう思ったのです)、
それは、実は、間違い、なのです。
お母さんの言葉とあなたは、まーったく関係ない、のです。
・・・それでもやっぱりまだ全然信じられないと思いますが(涙)、
でも、やはりここも、全力の半信半疑で良いので、「私には当てはまらないですけど!」と拒絶はせずに、この説を心の片隅に置いておいていただけたら良いなぁ、と思います。
それだけでも、やはり心は勝手に、その可能性を受け入れ始めますのでね。
・自分を子供に「投影」すると、「尊重」もできないし、ぞんざいに扱うこともある。
また、上で、「尊重されなかった」例として、
進路とか就職みたいな大切なテーマで干渉され、尊重されなかった経験について触れましたが、
ここでも、その親側の事情として、「投影の法則」が使えたりします。
すごく分かりやすいのは、親自身が進学や就職に失敗して、その自分の人生を子供に「投影」した、みたいなケースですね。
そうすると、子供に自分の失敗や挫折をさせないよう、まるで自分の人生のように子供の人生に干渉し、コントロールしようとしてしまって、なかなか「子供の人生」として尊重できない、なんてことにもなります。
子供の人生に価値がないから尊重しないのではなく、「投影」が邪魔をして、子供の人生がまるで自分の人生のように見えてしまうんですね。
また、親自身が、自分自身をまるで価値のないちっぽけな存在として、自分で自分をぞんざいに扱っていて、その自分自身をあなたに「投影」する、なんてこともあります。
すると、悲しいことに、そんな価値のないちっぽけな自分を投影した娘に対しても、やはりとてもぞんざいな扱いになったりするんですよね。
これも、娘に大切に扱う価値がないからぞんざいに扱うのではなく、やはり「投影」が邪魔をして、自分を扱うようにしか娘を扱えなくなっている状態、と言えます。
(ちなみにこういうことは、境界線があいまいになりがちな、母と娘の間で起こることも多いです。
また例えば、自分自身が長女であるお母さんは、自分の娘の中でも、次女よりは、同じ立場である長女に自分を投影しやすいですね。
でももちろん、父親が娘に自分を投影したり、ということもたくさんあります。)
③相手からの言葉や扱いは、相手のキャパや、事情を示すもの。
相手からの自分への扱いや言動は、自分の価値とは無関係、ということを、さらにまた別の角度から腑に落とすために、今度は、
相手のキャパとか事情
について考えてみます。
上で、あなたは、誰が何を言っても、普通にちゃんと価値がある存在、と書きましたが、
だとしたら、なぜあの人は、あなたを「大切な価値ある存在」として扱ってくれなかったのか?を理解するために、
そもそもその相手は、あなたを大切に扱えるキャパを持っていたのか?誰かを大切に扱える心の状態だったのか?
を考えてみたいのですね。
とはいえ、これもまた本当にケースバイケースなので、
もしよかったらセッションで、あなたと相手の間に起ったことを一緒に直接解明していきたいなと思いますけれども、
すごく典型的なところを考えてみると、例えば、
・あなたを理解したり尊重するには、練習と余裕がいる。
上で、「分かってもらえなかった」「尊重されなかった」ということの「怒り」や「傷つき」について触れましたが、
実は、相手をそのまま分かってあげたり、尊重してあげることって、意外と練習が必要です。
誰でも簡単にできること、では、ないのです。
(だからこそ、それを基本的なスキルの一つとして提供するカウンセラーみたいな人もいるわけでして。)
その意味では、お父さんやお母さんや誰かが、あなたを理解したり尊重することができなかったのは、
単にその力がなかったり、そのやり方さえ分からなかったのかも、というのも、実は大いにあり得ることなのですね。
(そして、さらにその背景として、お父さんやお母さんも、「理解される」「尊重される」という経験をしなかったので、学ぶチャンスがなかった、
というのも実際大いにあり得ることです。)
しかも、例えば、
ちょうど家計のやりくりに頭を悩ませていたり、夫婦仲が全然うまくいっていなかったりなど、心に余裕がない時期だったりすると、
子供に対しても、余裕を持って理解するとか寄り添うみたいにして「大切に扱う」ことは、やはり難しくなりますね。
・自己肯定感・自己価値がだいぶ低かった?
上で、自分なりに相手のことを考えて良かれと思ってやったことを、「こんなのいらない」みたいに拒絶された経験について触れましたが、
その時の相手の「事情」とか「キャパ」を考えてみると、
その相手はもしかすると、自己肯定感とか自己価値がだいぶ低かったのかも、しれません。
その相手が、自分のことを「私は、誰かから優しさを受け取ってもいい、価値ある存在♡」とは思えておらず、
むしろ、「私みたいな人間が優しくされるなんて、気遣いをしてもらうなんて、申し訳ない」くらいの気持ちが無意識でもあったりすると、
他の人から向けられる優しさを、全力で拒否してしまったりします。
その優しさを向けてくれた人が赤の他人なら、拒絶するのも「いえいえ、すみません」みたいな「遠慮」の形にできたりもしますが、
自分の子供など心の距離が近い人だったりすると、拒絶するのもつい遠慮がなくなって、
「そんなのいらないって言ってるでしょ!」みたいに激しくなってしまったりもします。
・あなたへの罪悪感満載だった?
親であれ、彼・夫であれ、「あなたを上手に愛せていない」みたいな「罪悪感」をたんまり抱えていることもあります。
忙しくて寂しい思いをさせてばかり、とか、稼ぎが少なくて楽しいことをさせてやれない、とか、不自由な身体に生んでしまった、とか、事情や理由は様々ですね。
罪悪感て、自分で自分を責める思いですから、
それをたくさん感じていると、やはりそれを相手や周りに「投影」して、相手からも責められるのではないか、という怖れをたくさん持つようになります。
すると、自分が罪悪感を抱えているその相手に、
「仕方ないでしょ!」「わがままを言うな!」みたいな自己防衛的な態度になってしまったり、さらには、明らかに相手を傷つけるような攻撃的な態度になったりもします。
実は、「あんたなんか生まなければ良かった」みたいな強い言葉も、そこにたくさんの罪悪感が隠れているからこそ、ということもたくさんあります。
この言葉のずっと奥にある本音は、「私があなたの母親でなければ、あなたはもっと幸せだったのに」みたいな意味だったりするんですね。
本人は、そんなところはしんどすぎて気づくこともできなかったりもしますけれど。
また彼・夫が、そんな自分の罪悪感から逃げるために、浮気・不倫をするなんてこともありますね。
(そしてそんな自分の言動にさらに罪悪感を募らせ、ますます難しい態度になってしまう、というのも定番コースですね涙)
・あなたに嫉妬していた?
例えば、仲良くしていたお友達が離れてしまった、信頼していた人に裏切られた、なんていう時、
実はそのお友達は、あなたの何かに「嫉妬」していて、その自分の嫉妬心が苦しくてあなたから離れていった、あなたが持っているものを奪っていった、
ということが、意外ですが、けっこうあります。
また、これも意外なところでは、元彼・元夫があなたから離れたのも、あなたへの嫉妬や劣等感ゆえ、
なんてことも、意外とあったりします。
④「これくらい、普通できるでしょ?!」は、相手への自分の「期待」。
上の③では、あなたを大切な価値ある存在として扱えなかった、相手の「事情」や「キャパ」について考えてみましたが、
そうすると今度は、「は?そんなの普通にできるでしょ?!」なんて思いが出てくるかもしれません。
例えば、
「他人の子供はまだしも、自分の子供を理解したり尊重する、なんて、親ならできて当然でしょ?!」
みたいな思いですね。
これは、「期待」と言います。
期待とは、自分が「こうしほしい!」と、他人をあてにすること、ですね。
これは、親と子の間でもたーくさん、起こります。
というか、親と子の間だからこそ、期待も大きくなる、のかもしれません。
だって、親にだけは、自分の期待に応えてほしいし、親だったら応えられるべきでしょ?!って思いますものね。
でも、自分の親だからといって、自分の期待通りに自分を大切にできるかというと、
上でお話したいろんな「投影」や「事情」や「キャパ」があったりして、なかなかそうできないこともあるわけです。
すごく残念だし、だからこそ、怒りもたくさん感じてしまうのですけれど、ね。
なんですが、ここで気づきたいことが一つあります。
それは、あなたの中の「大人マインド」と「子供マインド」の存在です。
・「期待」が苦しいのは、自分の中の「大人マインド」と「子供マインド」の葛藤。
どういうことかというと。
たぶん、ここまで読んでくださったあなたは、
「確かに、あの時のあの人には、こんな言葉しか言えなかったかもしれないな」
みたいな「理解」も、そこそこ、ちゃんと、できると思うんですよね。
これは、あなたの中の、ちゃんと成熟した部分である「大人マインド」が、そうやって理解をしてくれているんですよね。
でも同時に、
「でもでもでも、そうは言っても、やっぱりあれはひどくない?!」
という「感情」が、暴れだすのですよね。理解なんか、してあげたいとも思えないかもしれません。
これは、傷ついた当時の心=「子供マインド」が、「でも私はまだ傷ついたままなんだもん!だから許せなくて当然だもん!」と訴えている状態です。
そして、そんなふうにやっぱりどうしても許せないままになってしまう自分の「子供マインド」を、
「大人マインド」は、「いつまでも許せないなんて、私は子供だな」なんて感じたりします。
こんなふうに、
分かろうとすれば分かることもできる、でも心が追い付かない、という、自分の中の「大人マインド」と「子供マインド」の葛藤が、
「期待」にまつわる難しさではないかと思います。
・「大人マインド」を信頼して「子供マインド」を癒し、「期待」から自由になる。
「『期待』は手放しましょう」と言われます。
なぜなら、期待は応えられずに自分が傷つく、というところまでがセットになっているからです。
それは、あなたの「大人マインド」は、きっとよくご存じですね。
でも、ただ無理やり手放そうとしても、「子供マインド」が騒ぎ出します。
なのでここでは、
あなたの中にある「大人マインド」の成熟性を使って、「子供マインド」を癒してあげましょう。
あなたの「大人マインド」は、あの人の「事情」や「キャパ」や「投影」などを理解してあげる成熟性を持っています。
この成熟性は、あの人を理解するだけでなく、あなたの中にある「子供マインド」を理解し、寄り添ってあげる力でもあるんですよね。
あなたの中の「子供マインド」は、あなたの「大人マインド」が理解を示し、寄り添ってあげればあげるほど、「大人マインド」へと成長・成熟していきます。
そうやって、ご自身の「大人マインド」の力を使いながら、
「期待」を手放し、「まぁ、もういいか、仕方なかったのかもね」と心を緩め、あの人を許せるところまで、心の状態を整えていきましょう。
そうやって、ご自身を、自分の「期待」や、それが叶わなかった「悲しさ」や「怒り」の苦しさから自由にしてあげましょう。
少なくともここでは、あなたは、それができる力をちゃんと持っている、ということを知っていただけたら良いなぁ、と思います。
(で、もちろん、これは一人でやる必要はなく、めちゃめちゃセッション案件ですので、ぜひお手伝いさせてくださいね!)
⑤「これくらい、普通できるでしょ?!」は、自分の「才能」。
上の④では、「これくらい、普通できるでしょ?!」と感じることについての、自分の中にある「期待」について触れましたが、
実は、「これくらい、普通できるでしょ?!」と感じることって、また別の角度から見てあげることもできます。
それは、あなたの「才能」という見方です。
上で、相手には、あなたをちゃんと大切に扱えるだけの「キャパ」がなかったのかも、と書きました。
でも、あなたは、「これくらい、普通できるでしょ?!」と感じるわけです。
ということは、あなたは実際、
- どんな言葉や態度が人を深く傷つけるか、よく知っていて、相手を優しく気遣う言葉や態度を選ぶことができる方なのでしょう。
- どう理解してあげれば、相手が「理解された」という満足を感じられるか、よく知っていて、そんな理解や寄り添いを相手に与えてあげることができる方なのでしょう。
- どう扱ってあげれば、相手が「大切にされた」と感じられるか、よく知っていて、そうやって愛を持って相手を大切に扱ってあげられる方なのでしょう。
あなたは、こういうことが「普通に」できるだけの「キャパ」や「力」を持っている、んですね。
あなたにとっては、こういうことが「普通」過ぎて、それができないなんてあり得ないように感じるのです。
でも、実際には、あの時のあの人のように、できない人も、いるわけです。
つまり、
あなたが「これくらい、普通できるでしょ?!」と感じることって、あなただからこそできること、なのです。
あなたがその才能を持っているからこそ、「これくらい、普通」に感じる、のです。
ということは、
あなたが、許せない「誰か」への怒りや、そのできごとがあった「過去」に縛られているご自身の心を解放してあげるためには、
あなたが普通に持っているその「才能」を、どんどん周りに与えていく、という方法も、実はとても有効です。
そうやって、
「誰か」に向いているエネルギーを「自分(の才能)」に戻し、「過去」に縛られている心を「今」に戻し、
今とこれからのよろこびを作ることに専念するんですね。
そのよろこびをたくさん感じれば感じるほど、「許せない」思いが、「なんか、まぁ、もういっか」みたいに緩みます。
つまり、過去の相手やできごとを許せるくらい、心が緩んだ状態になっていきます。
(とはいえ、
ここでは、「そんなの、私から与えるより、あの時の私が与えてほしかったよ!!」みたいに感じる方もいらっしゃるかもしれません。
さっきの「子供マインド」ちゃんが、騒ぎたくなってしまうんですね。
そんな時は、上でお話したように、あなたの中の「大人マインド」さんの力を借りて「子供マインド」ちゃんに寄り添いつつ、一つ一つ、心を整えていきましょう。)
⑥相手にとって「価値ある存在」でありたかった、自分の「愛」。
そして、最後は、あなたの「愛」について、です。
上で、
「傷つき」は、「自分」が大切にされなかったことへの悲しさ
と書きましたが、ここをもう少し深めてみます。
自分が大切にされないことというのは、そりゃぁもちろん、悲しいものですが、
ここにはもしかすると、もう一つの悲しさがあるのかもしれません。
それは、
自分が、「相手にとって」大切な、価値ある存在になれなかった(気がする)ことへの悲しさ、
です。
それくらい、あなたはきっと、その人を大切に思っていて、
その大切な人に、あなたという存在の価値を与えてあげたかったのではないでしょうか。
その大切な人に、あなたの存在をよろこんでもらえることが、あなたにとっては何よりのよろこびだったのではないでしょうか。
あなたは、自分という存在を通じて、相手にそれくらいたくさんの愛を与えようとしていたのではないでしょうか。
それを大切に受け取ってもらえなかったことが、これほど深い傷になるほど、
あなたは「愛したい人」であり、愛や価値を「与えたい人」なのではないでしょうか。
であるなら、あなたがやるべきは、あの人を許すこと、というよりも、
そんな大きな愛を持ったご自身を、承認してあげること、なのかもしれません。
ご自身のそんな大きな愛を、自信にすること、なのかもしれません。
そして、そんな大きな愛を持った私、として、今とこれからを生きること、なのかもしれません。
この記事の最後は、そんなところをご提案したいな、と思いました。
◆とっても応援しています♡
・・・というわけで、すーっごく長くなりましたが、
ここまで読んでくださったあなた、ありがとうございます!!!
長いこと許せない人がいる、というのはとても苦しいものですが、
そんな許せない自分が許せない、というのもまた、苦しいものです。
この記事では、そんなふうに、相手も自分も許せなくて身動きが取れなくなってしまっている、
あなたの心と日常を緩められますように、との願いを込めながら書いてみました。
記事のどこかしらがお役に立てていたら良いなと思っておりますが、
とはいえ、「許し」って、一人で取り組むのはなかなか難しいものです。
私も、母が一生許せず、心理学やカウンセリングを文字通り使い倒して、今ここにいます。
良かったらぜひお話聞かせてください。お手伝いできること、たくさんあります。
あなたが、どうしても許せないあの人への「許し」に少しでも近づき、緩んだ心で日常を過ごせますように、
とっても応援しております。
ではでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました♡
コバヤシアキコ
(私のセッション情報は、こちらでご確認いただけます。)

