
「死んでも結婚なんかしない」と言っていた、元・プロの自分迷子ラーの私ですが、
48歳で、オランダで婚約に至りました(驚)

自分迷子な大人女子さんに、「わたし」を生きる最高のよろこびを。
オランダ暮らしのカウンセラー、コバヤシアキコです。
あ
◆私は「婚活カウンセラー」ではないのですけれど。
私事とはなりますが、わたくしこのたび48歳でパ氏さん(=パートナー氏さん)と婚約しまして。
私は、パ氏さんとの関係の中で、特に「結婚・婚約」を目指していたわけではないのですが、
「人類皆敵」と人を拒絶して生きてきた私がここに至るまでの時間が、
- だいぶこじらせた自分の心や人生を整えるプロセス
- パ氏さんとの100万回のケンカを越え、関係を作り、深めるプロセス
などなど、カウンセラー的ネタが満載☆なんですな。
とはいえ、私は「婚活カウンセラー」ではないので、あくまで「自分迷子卒業カウンセラー」として、
パートナーシップ(恋愛・結婚)にまつわる私のこじらせネタを、心の仕組みの解説も織り交ぜながらお話してみようかなと思いました。
なので、「意中の彼を落とすには?!」とかいうお話は出てきませんが、
どうも「結婚」が自分に近づいてこなくて、そこに「こじらせ」の自覚がこっそりある方や(←主にこの記事で)、
彼・夫との関係性にお悩みのある方には(←これは主に次の記事で)、
どこかしらお役に立てると良いなと願いながら書いてみます♡
(とりあえずみんなは、私のメンヘラが暴れて全部ぶち壊さないように祈っといてくれよな!←だいぶ切実)
◆「死んでも結婚なんかしない」と言っていた過去の私。
そもそも私は、20代前半には既に「死んでも結婚なんかしない」とか言っていましたし、
それを理由に、お付き合いした男性に振られたり、お付き合いに至らなかったこともあります。
私はそれくらい強く、「結婚」というコンセプトを拒絶し、人生から排除していたんですね。
っていうか、どこで何をそんなにこじらせたの?!ということで笑、
まずは、そんな、パートナーシップ(恋愛・結婚)にまつわる私のこじらせと、
それを整理し癒していった取り組みについてお話ししてみます。
ちなみに、ここでお話している私のいろいろな「心の動き」は、当時の私には知る由もない、まったく無意識の動きです。
で、私の場合は意識でしっかり「結婚なんかしない」と思っていましたが、
実は、「結婚したい!(のにできない!)」と悩んでいる方の心の中にも、意外と同じような無意識の心の動きが見つかることがあります。
頭(意識)での「結婚したい」という思いと、心(無意識)での「結婚なんかしない」という思いが矛盾したまま自分の中に同居していて、
だから、結婚したいのになぜか結婚がなかなか近づいてこない、という現実になっていることも、
実はたくさんあるんですね。
なので、
あなたが今、(私のように「結婚なんかしない」とは思っていなかったとしても、)なんか結婚が近づいてこないなぁ、と感じているとしたら、
もしかすると、あなたの中にも意外と、何かしらのこじらせがあるのかもしれません。
こじらせ①「両親みたいにはなりたくない」。
まず、「死んでも結婚なんかしない」と言っていた私の中に、一番明確にあったのは、
「両親みたいにはなりたくない」という思いでした。
私の両親の関係は、私が物心ついたときには既に冷え切っていまして、
私の中の両親についての記憶は、母の不機嫌、イライラ、ヒステリー、絶望、そして父の無言、諦め、ばかりが大半を占めます。
そんな、お互いの顔も見たくない状態の中、父に末期の癌が見つかり、1年半ほどの闘病の末に父は他界したのですが、
どうやらこの闘病生活の中でやっと、両親はお互いに向き合い対話し始めたようなのですね。
この短い時間の中で、彼らはやっと少し、夫婦の絆らしきものを作ったようでした。
私にはそれが、とてもやるせなく虚しく感じ、強い絶望を抱えることになりました。
「どちらかが死ぬと分かってからしか対話ができないなんて、絆が作れないなんて、バカじゃないの?」
と、強烈な軽蔑と怒りを握りしめてしまったんですね。
そして、
「結婚したって、一緒に生きて絆が作れないなら、そんな惨めなことは私は絶対にしない」
と、心に決めてしまったのでした。
「結婚を拒否すること」に執着するようになった、と言っても良いかもしれません。
(ちなみに、この「怒り」のさらに奥には、父の生前に両親の幸せそうな姿が見られなかった「悲しさ」があります。
こんなふうに、「怒り」の奥にはいつも、怒りよりさらに本質的な感情が横たわっています。
なので、怒りを嫌ったり怖れて「ないこと」にしたりする必要は、全然ありません。)
(そしてちなみに、父が亡くなったのは私が19歳の時なので、
20代前半で「死んでも結婚なんかしない」と言っていたのもうなずけるというものです。)
こじらせ②「結婚なんかしてやるもんか」。
上で書いた通り、母は自分の結婚生活には絶望しかありませんでしたので、私にもまぁ好きなことをいろいろ言いました。
(ちなみにこれは私だけで、妹はまったく言われていません。これまたあるあるですね。)
私が子供の頃には、↓みたいなことをしょっちゅう言われていたのですが、
「結婚なんかするもんじゃない、結婚するより一人で生きていけるようにならないと」
「何度も実家に戻ろうと思ったけど、あんたたちがいるからね」
「なんでお父さんと結婚したのかな、他に好きだって言ってくれる人もいたのに」
私が20代後半になると今度は、
「一生一緒に過ごせるパートナーがいるって素敵なことだよ」
とか言い始めました。
ほんとによくあるお話ですし、私ももちろん教科書通り、ここでも強い怒りを覚えました。
母から父に対する扱いも、私の目には「なんでそんなひどいことを言うの?するの?」と思うことが多かったのもあり、
「私が子供の頃には好き勝手言って私を悲しくしておいて、
お父さんにもこんなひどいことをして、自分で自分の結婚生活をこんな惨めなものにしておいて、
私が適齢になったら今度は世間体か何か知らないけど真逆のことをのたまって、
おふざけになるのもいい加減にしてね☆
結婚なんか一生してやるもんか、お母さんは過去のご自身の言動を一生後悔し続ければよろしくてよ♡」
と、まことにエレガントに(噓)、心の中で吠えたのをよく覚えています。
そうやって、やはり「死んでも結婚なんかしない」と誓ってしまったのでした。
こじらせ③「もう誰も失いたくない」。
また、
私は超が付くファザコンでして、子供の頃は「お父さんが世界で一番好き」と毎日言うほど、父が大好きでした。
そんな私にとって、父を亡くすという体験はやはり強いインパクトがありました。
大切な人を失う痛みを、これ以上感じたくない、だからもう誰も、私にとっての「大切な人」にはしない、
と、やはり心に決めてしまったんですね。
(実はこの「失う痛み」への怖れは、今も現在進行形で向き合っています。
「また失うことになったらどうしよう」という怖れが、まだまだ湧いて出てくるのですよ。
一発ですっきり!とはなかなか行かないものです。)
こじらせ④「親密感の怖れ」。
「親密感の怖れ」とは、文字通り、相手と心の距離が近づくことへの怖れ、です。
心の距離が近い関係性の中で傷つき、痛みを感じた体験が、「もう誰とも近しくなって傷つきたくない」という親密感への怖れを作ります。
この親密感の怖れの感じ方・現れ方も人それぞれで、
上で書いた「もう誰も失いたくない」というのもその一つだし、
私の場合はそのほかにも、母との葛藤も強く影響しました。
母は、私に対しては心配性・過保護・過干渉をそこそこ強く発動したので、
私は、自分のテリトリーが荒らされ、私という人間が尊重されない、といった感覚をいつも持っていました。
そんな時、心はどう反応するかというと、手っ取り早く、他人との間に「壁」を作ります。
心の距離が近いから、境界線があいまいだから傷ついた、ならば、頑丈な要塞で自分の心を守らねば、と考えるのです。
もちろん無意識ですけれど。
そうやって強固な壁を作って自分を守ろうとする状態が、親密感の怖れを発動している状態、とも言えます。
「結婚」というのは、まさに心の距離が誰よりも近い場所に相手を受け入れて作っていく関係ですので、
こうして壁を作ってしまえば、そりゃぁ結婚だって遠のくというもの、なのですね。
◆私はその拒絶をどう緩めたのか?何に取り組んだのか?
・・・という感じで、
私のこじらせの中でも、特にパートナーシップ(恋愛・結婚)に直接つながるところをお話してみました。
それぞれのこじらせによって、私は「結婚」というコンセプトを強く拒絶するようになったわけですが、
今回なんと婚約に至ったのは、自分に向き合いいろいろと取り組む中で、この拒絶を緩め、
結婚という選択肢が自分の人生の中にあっても(なくても)どちらでも良いかもね?という感覚が、心の中に育ったから、
とも言えます。
そんなわけで、次は、上でお話した①~の順番に合わせながら、私の取り組みをお話してみますね。
取り組み①「競争」を手放し、自分軸を取り戻した。
上で、「両親みたいにはなりたくない」という私の思いに触れましたけれども、
これは、心の動きとしては、両親と「競争」している、ということでもあります。
「競争」があまりしっくりこなければ、「反面教師」にしている、という表現の方が分かりやすいかもしれません。
反面教師にするのも、「競争」の現れなんですけどね。
競争にせよ反面教師にせよ、これをやっている時、自分の目線や意識は、両親にばっちり注がれています。
両親を基準にして「私はこれはやらない」と決めているので、「そもそも私はどうしたいか」という自分の軸がすっかり失われています。
両親軸(他人軸)になってしまうのですね。
これは、自分がそれをやっていることに気づくだけでも、一気に自分軸が意識できるようになるものです。
私も、自分が両親と競争しているのだと気づいて初めて、
「(両親の関係がどうだったにしても、)じゃぁ私は、どうしたいんだろう?」
と、自分に問い、自分軸を持つことができるようになりました。
そして、そうやって自分の中から出てきた答えは、
「この関係性に『結婚』という名前がついてもつかなくても、自分が生きているあいだは、パ氏さんとの絆を育て、深め続ける」
というものでした。
こうして両親との競争を手放し自分軸を取り戻せたことは、私の中ではとても大きく、
これで、「結婚の拒否」への執着が、だいぶ薄れたように思っています。
取り組み②「被害者ポジション」と「復讐」を手放した。
また、上で、
「結婚なんか一生してやるもんか、お母さんは過去のご自身の言動を一生後悔し続ければよろしくてよ♡」
という思いに触れましたけれども。
ここで私が心の中で何をやっていたかというと、
「母の言動のせいで、私は『結婚』に絶望した。そんな被害を被った私は、母の言動の『被害者』だ」と、
全力で、自分を母の言動の「被害者」にして、私に被害を与えた母を「加害者」にした、のですね。
そして、
そうやって、この被害者ポジションを一生手放してやるもんか、と心に誓い、その通りに生きることで、
母に「復讐」しようとしていたのでした。
「被害者」とか「加害者」とか「復讐」なんて、ちょっと物々しくも聞こえますが、心理学で心の動きを捉える言葉でもありまして、
実は私たちは、日常の中でこういうことを大なり小なりやっています。
「パ氏さん、その言い方はないんじゃない?ひどいよね?!」みたいな些細なケンカはそこら中にあると思いますが、
ここでも、私がパ氏さんを加害者にして、私は被害者になっているわけですね。
で。
それ自体、良いとか悪いとかはありません。
(というか、心の世界に「良い」「悪い」はありませんで、心がこういう動きをしているねという観察結果があるだけです。)
が、自分が被害者になっている時って、相手を加害者にすることで罪悪感を与えることになりますし(それが「復讐」ですね)、
すると、そうやって相手に罪悪感を与えるという「攻撃」で、結局自分も加害者になることになり、今度はその罪悪感を抱えることになります。
つまり、自分が被害者になっている時って、自動的に自分が加害者にもなってしまうのです。
結局どちらでも心は苦しいんですよね。
そして何より、被害者のポジションに執着することで、自分から状況を変えることができなくなります。
被害者って、加害者である相手に謝ってもらったり何かを変えてもらわない限り、ハッピーになれないポジションですのでね。
自分の幸せが、相手次第=とても依存的になってしまうのです。
なので、心の世界では、
「たとえ過去に何かの『被害』を受けたと感じても、これからの自分に幸せな未来を与えたいときは、
自分から被害者のポジションを手放して、『無害者』のポジションを目指しましょう」
なんて言ったりします。
私も、それをやったのでした。
もちろん、一度にさくっとできるものではなく、少しずつ心を整えながら、です。
「無害者」の視点とは、誰のせいにもしない視点とも言えます。
「お母さんのせいで私は幸せになれないんだ!」という被害者ポジションを手放し、
大人の目線で、一人の女性としての母や母の人生を理解し、当時の母も自分も許す、ということをやっていきました。
そうやって、
私は自分で自分にくっつけた「母のせいで結婚に絶望し、幸せを選ぶことができなくなった人」というラベルを剥がし、
「自分で自分の幸せを選べる人」にしていったのでした。
(できるだけシンプルに書いていますが、実際にはたくさん葛藤を感じつつのプロセスでしたよ!
いろんな強い思いもたくさんありましたのでねぇ(遠い目))
取り組み③「怖れ」より「愛すること」を選ぶ。
上で、
「また失うことになったらどうしよう」という怖れが、まだまだ湧いて出てくる
と触れましたけれども、
ここでは私は、現在進行形で、「怖れ」より「愛」を意識するようにしています。
なぜ「また失うこと」がこれほど怖いのかといえば、私がそれだけパ氏さんを大切に思っているからです。
ならば、私がパ氏さんを大切に思う、その「愛」の深さを自信にしよう。
そんな意識です。
また、たとえまた失う痛みを感じることになったとしても、その痛みも正面から受け止めよう。
その力を自分が持っていることを信頼しよう。
そこまで、私はこの人を愛そう。
そんな意識でもあります。
でも、それでもやっぱり恐怖の底に落ち込んでしまうことも、今もあります。
そんな時は、最初に戻って、
「あぁ、私はこの人を、それほど大切に思っているのね、だからこんなに怖いのね」
と、ただその怖さを受け止め、そこにある愛を思い出すようにしています。
取り組み④「受け取る」ことを意識した。
また、上で「親密感の怖れ」について触れましたが、
親密感の怖れがあると、強固な壁で心をガードして他人から距離を取るので、
人からの厚意(愛)を受け取ることも強力に拒絶してしまいます。
なのでここで私は、「受け取る」ことを意識するようにしました。
これまた言うは易しでして、受け取らない理由がいくらでも出てくるものです。
強固な壁がありますのでね。
「私なんかに申し訳ない」=遠慮、「余計なお世話」=拗ね、「こんなんじゃ足りない」=子供のニーズ、などなど、
そんな可愛いメンヘラ、あなたは心当たり、ないでしょうか?
そんな、それぞれのメンヘラな自分に向き合いながら、
受け取ることに取り組み、一歩ずつ自分の強固な壁の外に出て、人と繋がるということに取り組んでいきました。
これは、最初はもうさっぱり意味が分からず、またそこで挫折&絶望しかけましたが、
少しずつ感覚がつかめるようになり、受け取るよろこびも大きくなっていき、受け取れる場面も増えていき、
そうやって少しずつ、籠城していたお城の壁を自分で溶かし、
「私も外に出て人と繋がってもいいし、だいじょうぶだし、むしろよろこびを感じることもできる」という安心を重ねていったのでした。
◆次回は、パ氏さんと向き合ったお話♡
という感じで、
私のパートナーシップ(恋愛・結婚)にまつわるこじらせネタと、そのこじらせを私がどう抜けていったかを、
心のカラクリも織り交ぜながらお話してみました。
私の場合は、結婚したかったから自分に向き合った、というわけではなく、
なんかこう、いろいろ肩ひじ張って無理して、執念深くいろんなことを悲しんだり怒っている自分、もうイヤだな、と思ったから、なのですが、
こうして向き合ったことは、結果として確かに結婚という可能性を自分の人生に許し、引き寄せたのだろうとも思います。
で、
今回は、私自身のこじらせと、私がそこを抜けるためにどんなふうに自分に向き合ったか、のお話でしたが、
「結婚」て、相手がいることなんですよね!つまり、私はパ氏さんにもたくさん向き合ったのです!
とはいえ、結局は、パ氏さんに向き合うことを通じて、やっぱり自分に向き合うことになったわけですが、
そのお話は、次の記事で書いてみますね。
そちらは、今、彼・夫との関係性にお悩みがあったり、関係性をさらに深めていきたい方のご参考になったら良いなぁ、
と願いながら現在執筆中です。少々お待ちくださいませ!
そんなわけで、
世の愛すべきこじらせ女子さんたちが、ご自身を幸せにする力をつけていけますように、と願いつつ、
こじらせを一つずつ抜けてきた私だからこそ、お手伝いできることもたくさんありますので、
良かったらぜひ、お話聞かせてください。
ではでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました♡
コバヤシアキコ
(私のセッション情報は、こちらでご確認いただけます。)
◆今日の一枚。

いろいろかわいい玄関先。


