「怒り」は「本当の感情」ではないとしたら?

こんにちは、頑張り屋さんの女性を自由にするカウンセラー・コーチ、コバヤシアキコ@オランダです。

 

「怒り」も感情であることには変わりないのですが、

実は、「怒り」という感情を使って、その奥にあるもっと大事な「本当の感情」に蓋をしている

ということがあります。

今日は、そんなお話です。

 

例えば、

自分が苦しい思いをしていた時、夫が味方になってくれなかったことを怒っている

とします。

 

自分が自覚しているのは、

夫が味方になってくれなかったことへの「怒り」

なわけですが、

ここで、その怒りが、その更に奥にある「本当の感情」に蓋をしているのだとしたら、

その「本当の感情」ってどんな気持ちでしょう?

 

人によっていろんなケースが考えられますが、例えば、

身近な人が味方になってくれない「悲しさ」とか、愛されていない「寂しさ」

なんていうのは、代表的な例です。

 

あまりに悲しかったり、あまりに寂しかったりすると、それを感じることがとても苦しく感じるんですね。

なので、「怒り」を使って、本当の感情である「悲しさ」とか「寂しさ」から自分を守っているのです。

 

ちなみに、

「一次感情」とか「二次感情」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるかと思います。

上の例で言えば、

「悲しさ」とか「寂しさ」という「本当の感情」が一次感情で、それを感じないために「蓋」として感じているのが、二次感情である「怒り」

ということになります。

 

そもそも最初(一次的)に感じているのは「悲しさ」とか「寂しさ」の方で、

「怒り」は、その苦しさから自分を守るために二次的に感じている感情、なんですね。

 

(ただ、実際には、本当の気持ちである一次感情から怒りという二次感情への切り替えは、

電気のスイッチを切り替えるように一瞬で自動的に行われているので、

一次感情を意識することはない、ということなのです。)

 

で。

 

「怒り」を感じる自分は「ダメな人間」、みたいについ思ってしまって、

「怒り」を苦手に感じたり、「怒り」を感じないように努力している方も多いと思うのですが、ここで、

私は、「怒っている」のではなく、「悲しい」んだ、「寂しい」んだ

と、気づいてみるんですね。

すると、それだけでも、すっと怒りが抜けてすっきりしたり、「そんなにダメな人間でもないかも」と自分を許せたりもします。

 

「怒り」を我慢してため込んでどこかで爆発させてしまうのではなく、

その奥にある「本当の感情」と繋がることで、怒りに振り回されにくくなるんですね。

 

なので、

「怒り」を感じた時は、その奥にはどんな「本当の感情(気持ち)」があるんだろう?と、自分の中を探ってみるのはとてもおすすめです。

(いつも読んでくださっている方はお気づきかもしれませんが、結局、いつもの「本当の本音ってすっごく大事!」の話になるのですよね。)

 

それから、その際ですが、

今回は記事にする都合上、「悲しさ」とか「寂しさ」のようなとてもシンプルな言葉にまとめましたが、

実際にやってみる時は、心の中にある「何がどう悲しいのか、寂しいのか」を、より丁寧に具体的に言葉にしてみると良いです。

すると、より深い納得感を得ながら、心を前に向けていくことができるようになります。

 

で、これって、

シンプルな一つの答えのこともありますが、実際には、いろんな側面からいろんな答えが出てくる、という方が現実に近いと思います。

なので、自分でやる時も、いろんな方向から心の中を眺めてみると良いと思いますよ!

 

セッションでもまさにそんなところをお手伝いしています。

いろんな側面から、いろんな方向から、というのは、自分の中にその引き出しがないとなかなか思いもつかないことも多いので、

もし良かったら、お話聞かせてくださいね♪

 

あなたが、「怒り」を越えて本当の気持ちと繋がり、怒りに振り回されないあり方を作るお手伝いが出来ましたら、とても嬉しいです。

いつも、応援しています。

閑話休題。

看板が連なる風景。