中谷美紀さんの免許と旦那さんの話。

私は、日本や海外の女優さんで憧れの人が何人かいる。

中谷美紀さんもその一人。

「凛とした美しさ」という表現がこれほど似合う女性は他にいるだろうか。

芯が強く、同時にたおやかで、思慮深く、凛々しく、そして可憐。

あぁ、自分の語彙のなさが悔しい。

 

で、この記事は、中谷美紀さんの魅力について語るのが目的なのではなく、

先日読んだ、彼女のインタビュー記事から考えたことを書こうかなと。

 

その記事の中で、印象に残った部分がある。

それは、彼女が運転免許を取得するきっかけについて触れたところ。

夫から「40歳で初めて取らされたと言いますか…。僕は運転手なの?って言われまして。運転もできない自立していない女性と一緒にいられない、って言われまして」(記事からの引用)、

それで運転免許を取得したのだそう。

 

ここを読んだとき、自分を振り返っていろいろ思うところがあったのだ。

 

以前の私に同じことが起こっていたら、

そうだよね、運転くらい自分でできなくちゃ、どこに行くにも旦那さんに運転してもらうなんて、甘ったれてちゃいけないよね

と、旦那さんに言われるがままに免許を取っていただろうな、と思う。

 

でも、今の私なら、

「運転もできない自立していない女性と一緒にいられない」と言われたら、

その人と一緒にいることは終わりにして、「運転ができてもできなくても、あなたが好きだし、一緒にいたい」という人を見つけるだろうな

と思うのだ。

 

ちなみに、

私は免許は一応持っているのだけど、(日本とは道路の反対側を運転することになるオランダでは特に)私が運転したら絶対事故るし他人や自分を傷つける、という確信があるので、運転はしない、と決めていて、

それが私、なので、相手の意見に自分を無理やり合わせて運転できるようになろうとすることは、私の選択肢にはならない。

 

ということは、自動的に、パートナーさんには運転手になってもらうことになる。

実際、今のパートナーはいつも運転手。

でも、彼自身は自分を「運転手(として使われている)」とは微塵も思っておらず、自分で運転するのが楽しいし、私を乗せていろんなところに一緒に行くのも楽しいし、

何よりアキコには運転させない方が道路安全上望ましい、ということをよーく分かっていらっしゃる。

ありがたやありがたや。

 

記事のこの部分が印象に残ったのは、そうやって、

私は確かに、私が望まないことを無理強いする相手は選ばず、自分にとって自然で無理のない相手を選ぶことを、自分に許すことができるようになった

ということを、確認するきっかけになってくれたからだった。

 

で、もちろん、だからと言って、

中谷美紀さんが無理に自分を旦那さんに合わせている、とか、

だから彼女も旦那さんとの関係を考え直した方が良い、とか、

彼女ももっと自分を大切にした方が良い、とか、

そんなことは1ミリも思っていない。

 

むしろ、彼女にとっては、自分で運転するのが自然で無理もなく、自分らしい選択なのだ(彼女はオーストリア在住なので、やっぱり反対側を運転するのだと思うので、ほんとにすごいなとしか言えない…)。

そして、そうやって旦那さんの言葉をきっかけに、自分のできることをまた一つ増やしていく彼女は、シンプルに素敵だなとも思う。

 

その、彼女のエピソードからヒントを得て自分自身を振り返ってみた時に感じたのが、上記のようなことだった、というお話だったのでした。

 

彼女は、運転する姿もまた麗しいんだろうなぁ…(うっとり

線路のある風景が好き。