ずっと「大切にされたい」と思ってきたけれど、
最近、別に大切にされなくてもいいんじゃないか?
とも思うようになりました。
でもやっぱり、他人に大切にされたいという期待を消すことができません。

自分迷子な大人女子さんに、「わたし」を生きる最高のよろこびを。
オランダ在住カウンセラー、コバヤシアキコです。
オンラインカウンセリングサイト「ココロノマルシェ」に
寄せられたご相談にお返事します。
「大切にされたい」って、ごく自然な欲求だと思います。
その欲求のさらに奥で、心が本当に求めているものに目を向けながら、
お返事してみました。
◆ご相談:「他人から大切にされたい」
他人から大切にされたい
40代の独身女性です。恋人もいません。
私はここ数年他人に大切にされたい、特別になりたいと強く感じていました。
それを自覚したのが大人になってからというだけで、昔からあったのかもしれませんが。
大切にされたいと思うのに、自分を好きにならない人をずっと好きで追いかけていたり、自分を大切にするみたいなのもよくわからずただ感情の赴くまま行動してきました。
他人に大切にされたいというわりに自分が他人を大切にできているかというと、多分そんなこともないです。
何かやらかしてしまうと、私はもう1人きりの方がいいのかもと悲劇のヒロインぶって友人から離れようとしたり面倒な性格です。最近他人に大切にされなくてもいいのではないかと思い始めました。
snsなどを見ると他人から大切にされることはとても素晴らしいこと、価値があること、男に溺愛されるのが勝ち組みたいな投稿をみて洗脳されていたのかもしれない。
私も他人を大切になんてしなくていいし、されなくても別にいいのではと思い諦めようと思いました。
でもやはり他人への期待みたいなのが消えなくて、どうしたらいいのかわかりません。
このような他人への期待はどうやったら消せるでしょうか?
わかりにくい質問で申し訳ありませんが、どなたかアドバイスお願いします。(Kさん)
Kさん、こんにちは。
オランダ在住カウンセラー、コバヤシアキコと申します。
「大切にされたい」というのは、私たちみんなが持つ、とても自然な欲求だと思うのですよね。
なので、Kさんのこの思いも、私はぜんぜんおかしなことだとは思いません。
でも、Kさんのご相談は、
「大切にされたい」という期待を消したい、諦めたい、とのこと。
私からのお返事では、まずはそこに触れつつ、
- Kさんが本当に求めているのはどんなことか
- そこを目指すための具体的なご提案
- Kさんの本来の「才能」
について考えてみました。
私のお返事はこちら↓です。お役に立てれば嬉しいです♡
◆「大切にされたい」という期待を、諦めたいんですねぇ
Kさんは、
「大切にされたい」という期待を、諦めたい、んですねぇ。
どうしてでしょうね?
Kさんの中には、
大切にされたいと願っても、それが叶わない悲しさ
みたいな気持ちが、実はたくさん溜まっていたりするのでしょうか。
なので、
どうせ叶わないなら、これからも大切にされることがないなら、
いっそのこと、そうやって願う(期待する)ことさえやめてしまいたい、
そしたら、もう、大切にされないことを悲しむことだってなくなるのに、
みたいな感覚があったりするでしょうか。
そんな思いがあると、Kさんのように、
「大切にされたい」という期待を消したい、諦めたい
と思うのもまた、自然なことなのかもしれません。
ご相談文をお読みして、
Kさんは、実はそれくらい、悲しい気持ちを抱えていらっしゃるのかもしれないなぁ、
なんて想像をしておりました。
◆「大切にされたい」のは、なぜ?
ここで、
そもそも、「大切にされたい」のは、なぜ?
ということを考えてみます。
他人から大切にされたら、そりゃ誰だって嬉しい、ですよね。
私もとっても嬉しいです。
じゃ、なんで、誰かから大切にされると嬉しいんでしょう?
それは、
自分が、大切な存在だと感じられるから、
自分には存在価値があると感じられるから、
ではないでしょうか。
誰かに大切にされることって、そんなふうに、
自分の存在価値が丸ごと肯定されるような、幸せな感覚を与えてくれるように思います。
実は、
他人に「大切にされたい」と思う時に、本当に求めているのは、
「自分」が自分に対して、「私は大切な価値ある存在だ」と思えること、
なのです。
ということはつまり、
自分で自分を「大切な存在だ」と思えれば、
他人から大切にされなくても、実は意外とだいじょうぶ、なのです。
「他人」に大切にされること、というのは、
それを感じるための手段(の一つ)、でしかないのです。
(もちろん、それはとても強力な手段だし、
「手段」という言葉自体も、ちょっとアレかもしれませんけれど。)
◆Kさんが本当に求めているのは?
と、いうことは。
Kさんが本当に求めているのは、
「私も大切な存在である」、「私の存在には大切な価値がある」と、Kさんご自身が感じられること、
なのかもしれません。
でも、自分の存在に大切な価値があるなんて思えなくて、
どうすれば自分でそう感じられるのかも分からなくて、
それを感じるための手段として、「他人から大切にされること」を、つい求めるのかも、しれません。
でも、それもなかなか叶わず、
もう、その手段を求めること(期待すること)も、諦めてしまいたい、と思っていらっしゃるのかも、しれません。
Kさんは、そんな、ちょっと苦しいところにいらっしゃるのかもしれないな、
と、想像します。
◆目指したいのは、自分で「私も大切な存在である」と感じられるようになること。
だとすると。
私が今のKさんにおすすめしたいなと思うのは、
Kさんご自身が、自分に対して「私も大切な存在である」、「私の存在には大切な価値がある」と感じられるようになること、
です。
自分でそれが感じられれば、
「他人から大切にされること」の必要もなくなっていくので、
ご相談くださった「他人への期待」も、ぐっと手放しやすくなりますのでね。
ただ、そうは言っても、
そもそも、その感覚が分からないし、そう感じることができないから、他人に求めてしまう、
という構造でもあるかと思います。
というわけで、
Kさんが、自分で「私も大切な存在である」と感じられるようになるために、
次でより具体的なご提案をいくつかしてみます。
◆「私も大切な存在である」と感じるためのご提案。
ここでは、
ご自身で、日常で取り組みやすいところから始めて、
より根本的なところまでご提案してみますね!
①まずは、知識として、知る。
まず最初にご提案したいのが、
「私は、存在自体が価値、らしい」と、知識として知る
ということです。
心から納得できる必要はありません。最初はぜんぜん腑に落ちないと思います。
ただ、「へぇ、そうなんだ~」と思っておけばOKです。
それが、「知識として知っておく」ということですね。
これは、重力でリンゴが木から落ちるのと同じくらい、揺るがぬ真実、です。
自分では納得できなくても、腑に落ちなくても、そういうもの、です。
なのでここは、「そんなの絶対ウソだ!信じられない!」みたいに否定したりはせずに、
ただ、
「へーえ、私って、存在自体が価値なの~、そういうものなの、ふーん、ま、それならそれで、いっか!」
くらいに思っておきましょう。
これくらいの捉え方をしておくと、
結果的に「私も大切な存在である」という感覚もインストールしやすくなります。
②「自分を大切に扱う」アイデア~身体と心の両方から~
次にご提案したいのは、
ご相談文で「良く分からない」と書いてくださった、
実際に自分を大切な存在として扱う、ということです。
自分が自分を大切に扱うことで、
「確かに私も大切な存在らしい」という感覚を、さらにインストールしていく、
というアプローチですね。
いろんなやり方がありますが、例えば、
◇身体を物理的に大切に扱う
のは分かりやすいかと思います。
- お風呂で、身体をていねいにマッサージしてあげる
- ハンドクリームをていねいに塗り込んであげる
- 化粧水や乳液などを、お肌にていねいに染み込ませてあげる
などは、いろんな方もおすすめしていますが、それはやはり、実際効果があるからなんですよね。
ちなみにこれは、
ただタスクとしてやると、すぐ飽きて三日坊主でやめちゃうかもしれないのですが、そうではなく、
これらのことを通じて、自分で自分に、
「あなたは、こうしてていねいに大切に扱われるのが相応しい、大切な存在」
というメッセージを伝える意識でやります。
実際、マッサージをしながら、自分のお肌や身体に、そう声に出して伝えてあげるのもとてもおすすめです。
また、これのちょっと応用編(?)として、
- 鏡に映った自分自身の目を見ながら、「あなたは、大切な存在」と声に出して伝えてあげる
のも、とても良きですね。
ちなみに、
もし、これをやる中で、何だかもぞもぞしたり、なんか嫌だなと抵抗を感じたりしてすぐ止めたくなったら、
それは、「私の存在なんて、大切にされる価値はない」みたいな、「無価値感」が騒ぐのかもしれません。
そんな時は、「そっかぁ、もぞもぞ抵抗があるのね、それも仕方ないよねぇ、だいじょうぶよ」と、
やはりご自身に伝えてあげて、その気持ちを大切に尊重してあげましょう。
で、これは実は、次にお話したい、
◇心(感情)を大切に扱う
ということでもあります。
Kさんは、いろんな気持ちを感じながら日々を過ごしていらっしゃるかと思います。
その「気持ち」を、自分で否定することなく尊重してあげる(大切にする)んですね。
同僚さんのちょっとキツい言い方に「悲しくなった」とか、
駅員さんが優しくて「嬉しかった」とか、
感じること、ぜんぶ、です。
特に、悲しいとかムカつく、みたいな、ネガティブな気持ちの方は、
自分で「こんなことを感じてはいけない」みたいに、否定してしまうことも多いです。
が、それは、自分で自分の心(感情)を大切にするどころか、粗末に扱うことになっちゃいますよね。
なのでここは、
どんな気持ちも、自分で「そうね、そう感じたのよね」と、ただ受け入れてあげてください。
(ちなみに、
「ムカついた」を自分で受け入れるのと、その気持ちを相手にぶつけるのは別物です。
ここでお話しているのは、自分が感じた「ムカついた」という気持ちを、自分の中でただ尊重するイメージ、です。
伝わるでしょうか?)
これらは、身体と心の両方から自分を大切にする、ということのご提案でした。
③受け取る
そして次のご提案は、「受け取る」です。
何を受け取るかというと、
周りからの親切とか厚意とか気遣いとか、要は、「愛」ですね。
それこそ、「駅員さんが親切にしてくれた♡」みたいな、すごく小さなことからで良いので(その方がやりやすいです)、
ご自身に「愛」が向けられた(大切にしてもらった)ことの証拠に、
自分で気づけるようになっていくのです。
「大切にされたい」という思いが強い時は、
こういう小さなことでは全然足りないし、求めるものとは全然違うような気がしてしまって、
頑張って「受け取ろう」としても、むしろ悲しくなってしまうかもしれませんが、
できる範囲で良いので、受け取ってみようとしてみるんですね。
そうやって、受け取り力が付くほどに、
「私もちゃんと大切にされているし、大切にされて良い存在だ」ということも腑に落ちやすくなるし、
実際、どんどん大切にしてもらいやすくもなっていきます。
④無価値感を癒す
「私には、大切にされるような価値はない」みたいな感覚を、「無価値感」と言います。
Kさんが、他人から大切にされることを求める背景には、この無価値感がありそうなんですね。
なので、より根本的なアプローチとしては、
その無価値感が生まれ、強く持つようになった背景を整理して、無価値感を解消していく、
というのがおすすめです。
多くは家族(親子)関係にルーツがあるので、そこを見ていくことが多いです。
どんなできごとがあって、どんな記憶や感情となって、今の無価値感に繋がっているのかを解明していきます。
そして、
誤解を正したり(「私には大切にされる価値はない」という無価値感も、実は誤解です)、
いろんな誤解に隠れて気づけていなかった、いろんなできごとの本当の意味を知っていくことで、
「あぁ、実は私も、ちゃんと大切にされていい価値ある存在だったんだ」
という感覚を腑に落としていくんですね。
ちなみにこれは、
心の深いところを扱ったり、自分ではなかなか見つけづらい視点を必要とすることも多いので、
セッションでお手伝いできたら良いなぁ、と思うところではあります。
良かったらぜひ、お話聞かせてください。
◆Kさんの、「才能」。
ご相談文に書いてくださったような、「自分を好きにならない人」を追いかけていたのは、
「ほら、やっぱり私は愛されない、大切にされない」と、自分の無価値感を自分に証明していたのかもしれません。
また、「私はもう1人きりの方がいいのかも」とお友だちから離れようとしたできごとは、
「だから他人への期待は諦めなければ」という思いを強くしたのかもしれません。
また、「自分が他人を大切にできているかというと、多分そんなこともない」のは、
自分を大切にする感覚が分からないと、なかなかできないことでもあります。
きっとKさんは、
いろんな場面でたくさんの虚しさや悲しさや寂しさなどを感じてこられたのだろうと想像するのですね。
が、こういうお悩みを持つKさんは、本来、そもそも、
自分の価値を知って感じながら生きることの喜びを、本当はとても良く知っていて、
自分も他人も、それは大切にすることができて、その安心感のある繋がりを、作ったり与えることができる、
そんな「才能」を持った方、なんですよね。
なので、Kさんには、
そんな才能も含めたご自身の価値を正しく知る(私も大切な存在だと知る)ことで、
他人に求めて、でも手に入らなくて苦しくなる、というスパイラルから抜け出し、
もっとずっと楽ちんに、自分も他人も大切にし大切にされるような幸せな形で、人と繋がる、という、
そんなビジョンを持って進んで行かれたら、とっても素敵なんじゃないかなぁ、
その方が、他人への期待を苦しくなりながら諦めようとするより、ずっと軽やかに進んで行けるんじゃないかなぁ、
なんて思うのでした。
お役に立てていたら嬉しいです。
そして、よかったらぜひ、自分一人で頑張ろうとせず、お手伝いさせてください。
とっても応援しておりますね!
ではでは、お読みいただき、ありがとうございました♡
コバヤシアキコ
今日の一枚。
つい写真も撮りたくなるというものです。