「それができたら苦労はない」の意味

今回は、

「それができたら苦労はない」の意味

というタイトルにしてみました。

ちょっとイタいお話になると思います。いや、なります。でも、どうぞお付き合いくだせー!(頑張って違うキャラを登場させてみました笑)

 

(ちなみに、こんな記事↓もあります。良かったら是非!

⇒「できない」は「やりたくない」の意味?恋ができなかった私の話

 

さてではさっそく本題です。

いろんな回のお話で、

こんなときはこれを試してみましょう
あんなときはこう考えてみましょう

みたいなお話をしていますよね。例えば、「自分のために時間を取って心に余裕を作りましょ」なんてことをどこかで書きました。

で、同時に、「『それができたら苦労しないよ』とも思っちゃうんですけどね!」なんていうことにも触れています。

この、「それができたら…」が言いたくなる時って、どんな状態なんでしょうね?という話です。

 

「それができたら苦労しない」ということは、つまり「そんなの私にはできません」ってことですよね。

じゃ、なぜできないんでしょう?

例えば、「時間を作る」という話で、なぜそれができないのか考えてみると、

仕事が忙し過ぎるから?
パートナーが協力してくれないから?
常識的にそんなの無理だから?
上司の理解がないから?
お金がないから?
すっかり癖になって染みついた習慣だから?
社会に便利な制度が整っていないから?

などなど、いろんな理由が出てくると思います。それぞれにごもっともなお話だと思います。

 

では。

いよいよここで、イタいお話を開始します。

これみんな、自分以外の「何か」とか「誰か」のせい、なんですね。つまり、「自分ではどうにもできないこと」になっています。

(すっかり癖になっているなんていうのは自分の話ですが)

そう考えると、なんだか自分の生活や人生なのに、それを振り回す要素がたくさんありますね。

というか、むしろ、自分でコントロールできることが人生にはとても少ないようにも感じられます。

この状態、何かに似ていると思いませんか?

 

それは、子供!です。

子供って、自分では何もできないですよね。どこかに行くにも食事をするにも、大人が手段を与えてくれたり買ってきたり料理したりしてくれないと、自分ではどうにもできません。

なので、思い通りにならないと「お父さんが抱っこして連れて行ってくれないから!」、「お母さんが食べさせてくれないから!」と文句も言いたい放題です。

 

これ。

今お父さんやお母さんに言っていた文句、先ほどいろいろ理由をつけて「そんなの私にはできません」と言っていた私が言っていたことと、似てます、ね?

私、大人のはずなのにまるで子供みたいなことを、言っちゃってます、ね?

つまり、何かと理由をあげて「○○のせいでそれはできない」と言っているときって、「私は、この状況を自分なりに変化させる力を持たない子供みたいなものです」と言っちゃっている時なのです。

いたたたた。

 

子供の立場は常に受け身です。大人が何かしてくれないと目的を達成できない、おんぶにだっこの状態です。

で、実際、普通に生活していると、社会に出るまで常に受け身の子供でいられるんですよね。むしろ、学生時代は従順で受け身な子供の方が大人からのウケも良かったりするので、ますますその傾向が強まります。

なので、自分は自分の状況を能動的にコントロールできるということを学ばない(知らない)まま、学校を卒業していきなり「大人」が求められる社会に放り出されてしまうのです。

なので、○○がないから、○○のせいで、という子供のころからの理屈が大人になっても頭から抜けないんですね。

仕方ないことではあると思います。

 

でも。

もし、「○○のせいでできない」のは真実ではなく、子供のころからの「考え方のクセ」「思い込み」でしかないなら?

(また出てきた「思い込み」。心の世界ってほとんどが思い込みでできていると思います。)

もしかすると、案外できるのかもね?できるとしたら何ができるだろうか?という風に発想の転換ができるかもしれませんね?

そうすると、今までは大人にコントロールされて(してもらって)きた自分の人生を、今度は自分の手に取り戻して、大人の自分がコントロールしていくための一歩になります。

 

そして、自分にできることを見つけて実行していくと、最初はあんなに深刻に思えた「○○がない」「○○のせい」という問題が実は問題ではなくなってしまったりします。

これ、とても気分が良いんですよ。

「あぁ、私の人生は私のものだ」

って思えます。

そして同時に大きな自信にもつながります。

最初はイタいけど、その先にはオトナの充足感が待っています。皆さんにもぜひこれを感じてほしいなぁと思っています。

 

コツは、

「できない理由って本当にそこまで致命的なのかな?できるとしたら全然別な方法があるんじゃないかな?」

という発想を持ってみることです。

要は、出発点を「できない」から「できるなら」に変えちゃうんですね。

そうすると、できない理由ではなく、できるかもしれない理由が見つけやすくなります。

 

ちなみにこういう子供の立場からの不平不満には、応用編(?)としては例えば、

うちの母親が毒親だったから(だから私はこんなに拗らせた)

みたいなのも入ります。

すみません、私です笑

あと、政治とか社会とか会社の経営陣とか、何か自分の手には届かない気がする大きなものへのインテリっぽい(いかにも正論ぽい)批判もこれに入ることが多いですね。

 

今回の話は、知ると迂闊に不平不満を口にできなくなるんですよね笑 全部自分に帰ってきちゃうんですもの。

でも、子供時代の「私は誰かにお膳立てしてもらわないと、環境が整わないと何もできない」という思い込みを手放し始めると、今まで制約だと思っていたことがどんどん外れて大人の自由を感じていけるようになります。

今日はそんな、ちょっとイタい、けど未来に希望の持てるお話をお届けしました☆

次回以降も変わらずお付き合いいただけましたらうれしいです笑

閑話休題。

アムステルダムの路面電車の線路です。

夕暮れ時のロマンチックな色。